いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

心を育てる   練習する 

札幌は涼しくなりました。もうずっと涼しいです。夏は終わりかな…。  気づけば冷凍庫のアイスも氷系からクリーム系へと好みが変わっていました 笑

 

 『超訳 ブッダの言葉』を読みました。

 

仏陀の教えにすごく興味があっても 経典を読んで理解するとなると なかなか難しいもの。この本は現代の感覚に寄せながら仏陀の言葉を教えてくれていると思います。とてもわかりやすくてスーッと心に入ってきます。

 

「怒らない」「比べない」「求めない」「業を変える」「友を選ぶ」「幸せを知る」「自分を知る」「体を見つめる」「自由になる」「慈悲を習う」「悟る」「死と向き合う」 

以上 この本の内容は12のカテゴリーに分けられ、160の仏陀の教えの超訳が書かれています。

 

その時の心の状態や 置かれている「今」のテーマによって ピンとくるカテゴリーが変わってきます。去年と半年前と今とでは自分の心が反応する「教え」が変わるので、「今 こんな学びの最中なんだな」と 現時点での自分の心のステージを客観的に確認できて、面白いなと思います。

今回は「今」の私にとても響いた一つを抜粋し、ご紹介いたします。 

 

 

 『慈悲を習う ~あらゆる生き物に対する慈悲の心を練習すること~』

 

 

他人をだまさないように。

いついかなるときも、相手が誰であれ、他人を軽んじることのないように。

怒りの思考に心をのっとられ、互いに相手の苦しみを求めないように。

あたかも母が自分の子を「よしよし」と、優しく抱きかかえ受け止めるかのごとく、

あらゆる生き物に対して、どこまでも広がる慈悲の心を育てられるよう、

練習するように。

 

『練習するように』という最後の仏陀の言葉に救われました。 仏陀もそうやって練習し、慈悲を広げることに向き合ったお一人だったのかもしれません。

 

前回の記事『アンシェントメモリーオイルに導かれた博愛』で触れていますが、私の現世のテーマを占星術でみると博愛だったことを最近思い出しました。そして、図らずとも「自分も人も平等」という博愛の実践の中に私は今在ることに、改めて気づかされたのでした。

テーマに掲げて生まれてきたということは、そもそも苦手なテーマなわけでして…。自分の中にその意識があったとしても 隠れてわかりにくくなっているんですね。そんな意識をまず受け入れ認識することから始めるということに 少しだけ気後れしました。

最初から慈悲や博愛の意識が標準装備されている人もいれば、自覚がない感覚の取り扱いに苦慮する人もいます。 私は、所詮「私は未完成なのだ」と 今思えば少し早合点して ショボくれていたかもしれません。

 

 仏陀も、仏陀を目指し修行に生きた人達もみんな、練習し 自分を育て上げて達してきたのなら、 なんだか少し気が楽になります。真理の探究という今も昔も変わらない道があるのだとしたら、歩きかたも今と昔、そんなに変わってはいないのかもしれません。  

標準装備の人達ばかりではないし、何より仏陀も練習を推奨している。私もこれでいいのだ と気持ちが楽になります。 練習し 心を育てればいい。誰も特別じゃない。

このままの自分を満たして あとは溢れ落ちるだけです。

もう気負いはいらない。