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月寒神社を参拝して 日本の平和を思いました

 終戦記念日の今日は、日本の過去に思いを向けることとなった月寒神社に参拝した話をUPしようと思います。少し長文になります。興味があればお付き合いください。

札幌市豊平区にある『月寒神社』へは、地下鉄・東豊線美園駅月寒中央駅が最寄り駅です。月寒公園の一角にあります。


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初めての参拝は今年のまだ寒い頃、友人と車で向かう道中、止んでいた雨が 再び明るい空にパラパラと降りだしました。車が神社に着くとパラパラ雨はピタリと止み、拝殿で手を合わせる私達に日の光が差し込みました。御神気に触れたようでとても感動しました。 

 御祭神は市杵島姫命倉稲魂命大山祇命宇摩志麻遅命(うましまぢのみこと)

 

 

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参道の先には左手に社務所、右手に手水舎。こちらの手水舎は 私が参拝した2回とも水が出なくて カラカラでした。

 1度目も2度目も、参拝した私は何かがしっくりときませんでした。言葉にするならそれは「チグハグな感じ」で、家に帰っても時折「あの感覚はなんだろうな?」と思い出していました。


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感じたチグハグは何だろうという思いから、月寒神社の神社庁サイトを調べてみました。神社の鳥居前の由緒書きでもわからず、神社庁サイトでも数字の羅列ばかりでいまいち理解ができません。

そこで福住厳島神社神社庁サイトを拝見しました。月寒神社と福住厳島神社は元は1つの神社だった歴史があります。 以下 福住厳島神社サイドの表記を軸に書きます。

明治17年、広島県からの移住者が多いことから、故郷の厳島神社と農耕の神の二柱を奉斎し、この地に祀られた 

当時は札幌郡豊平町字西山通に鎮座し西山神社と称されていたが、明治36年、軍の要請により月寒地区に御神霊は奉遷され 月寒神社となった 

 

軍の要請で御神霊が移された経緯があったのですね。  ウィキペディアによると月寒神社がある月寒公園は、かつて 『大日本帝国陸軍第7師団歩兵第25連体の小演習場跡地』でした。 

第7師団、歴史に疎い私も聞いたことがあります。月寒神社の創立 明治33年(1900)の4年後・明治37年に、あの有名な203高地で戦った部隊のことですね。この地から激戦の地へと向かわれた兵隊さんもいらっしゃったのでしょうか?今まで何も知らずにこの街に住んでいたことに軽くショックを受けました。 

この公園の一角には忠魂納骨塔があり、日露戦争から太平洋戦争までの戦没者の遺骨など約4千柱が収納されているそうです。

  

ご先祖様が護ってくださったから今の私達があります。そうして過去の上に継続して私達は今を生きています。

戦争の歴史の一端を持つ月寒公園も、今は人々が集う穏やかな場所として 過去から未来へと継続させつつ時間が流れています。そうして時が流れていることが大切、とも思います。月寒神社もその史実を遠慮せずに後世へと伝えていって欲しいと思うのです。時を切り取らず 私達に過去を振り返り、立ち止まり考える機会を与える場所として 在り続けてほしいです。(私が知らないだけで境内に史実が掲示されているかもしれません。その時は申し訳ありません。前もって失礼をお詫びいたします)

 敬うべき場所があることは豊かなことです。 私はこの街に住む者として、今回知ることができてとても幸せに思いました。

 

 

私は御祭神の宇摩志麻遅命様に初めて参拝いたしました。ニギハヤヒノ命の子ども神で物部の始祖 宇摩志麻遅命様。島根の物部神社によると、宇摩志麻遅命は鎮魂祈祷を初めて斎行したとあります。以下物部神社サイトから引用します。

鎮魂というと一般的に霊を弔うための言葉と解釈されていますが、本来はその逆で活力を与える・復活を促す・甦る・悪影響をもたらすものを払拭するなど総ての好転的な意味を持つものです。また神道行事の根幹を為す"祓いの本義"であるとおもわれます。

元来存在するもの総てに生命が存在すると考えられています。存在そのものが生命といって過言ではないでしょう。そのものが存在し続ける上で最も必要なものが魂魄です。この魂魄を振り動かし、結びつけ、鎮め置く、そのものの存在を本来の姿に立ち戻らせる祈祷法こそ、「鎮魂」本来のあり方なのです。その狭義の一部分に霊を弔うことも含まれてはいるが大儀はあくまでも存在を存在たらしめることであり、より大きな存在へ導くものです。

 月寒神社には鎮魂の神様がいらっしゃることを知り、ホッといたしました。この地から戦地へ行った魂が慰められ明るい未来へと御霊が導かれていると思えるのは、子孫として何より安堵いたします。宇摩志麻遅命様の御働きは、月寒神社にとって とても大きな役割を果たされているように思いました。  

 

一度目は市杵島姫命様・倉稲魂命様の御神気に触れたと感じました。二度目は前と何かが違っていました。二柱の女神様の御神気が感じられなかった私は、神様がいないのかしら?なんて思いました。 今思えば 、普段は宇摩志麻遅命様がメインとなり御護りしているのかもしれません。月寒神社は護国神社ではないですが、場所柄、そのような役割も果たしているのかもしれませんね。(全て私の想像です。視えるわけではないので話半分でお聞き流し頂けると有難いです)

 

多くのことを学ばせて頂いた月寒神社と福住厳島神社様、ありがとうございました。 改めてお礼の参拝に伺います。

日本の平和の礎を築いたご先祖様の御魂に心から感謝いたします。

読んで下さった皆様、ありがとうございました。