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いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

徳永英明さんの生きざまをみたコンサート

学び

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今回買った一本の百合には三輪の花がつくはずでした。

でも二輪の蕾は外の花弁が茶色くなって癒着しはじめ、蕾のまま咲きませんでした。

初めてのことで悲しかった・・

最後の一輪もダメそうだったものの精一杯に開いてくれました。

嬉しくて写真を撮りました。

白百合だと思って買った百合がピンクなのには驚き!  

頑張って咲いた百合さんに感謝・・

 

 

昨日は徳永英明さんのコンサートへ行きました。

母のリクエストでお伴したのが始まりで、もう5・6年通っています。

今では私も癒されに行っています♥

 

薄いピンクのスーツで登場しました。似合っています。

徳永さんの繊細さが全体で感じます。

 

30年という記念の年。

会場で流れるこれまでの徳永さんの映像は、ダイヤモンドの原石みたいに荒削りだけど秘めた輝きを四方八方に放っていました。 

ここ数年はいぶし銀みたい。丸くて落ち着いたイメージの徳永さん。病気による苦労も重ねた分、人としてとても素敵です。

 

ステージから流れる歌声は万全ではないようです。

急性咽頭喉頭炎はまだまだ治ってはいないみたいでした。

そりゃそうですね、歌い続けながらでは治るわけがない。

ツアーは延期したものもあるけど進行し続けています。

 

何より今年徳永さんは頭部の手術をされています。

無理できない中のツアー。勇気をもって始めたツアーのはずです。

 

そんなツアーの中発症したのどの不調は、ツアーを中止することも頭を過ったかもしれません。大切な節目のツアーだけに、苦しい選択だったでしょうね・・

 

いつものような最高のパフォーマンスを提供できない心労も、また感じました。

いつもは静かな中にステージいっぱいに翼を広げている感覚を感じていました。

でも昨日は羽をつぼめて自分を抱きしめながらステージに立っていたみたい。

(・・これはあくまでも私の勝手な感覚の話です)

 

 

徳永さんの生きざまを見せられているようで胸がつまりました。

それを感じたのは私だけではなく、母も、友人もでした。

 

彼がファンに届けたかった思い。

それは、病でもステージに立つ徳永英明という姿そのものだった、と思います。

だから万全ではなくても立つことを決めたのではないかなと思いました。

 

人は、辛くても、見せたくない姿でも、立ち続ける姿に感動します。

絶頂期を知る人達に見せたくない姿かもしれない、でも立ち続ける姿は、観るものを一層惹き付けます。

 

野球をよく知らない私でも知る元巨人軍の長嶋さん。

私があの方を尊敬するのは、選手時代ではなく麻痺した体で表舞台に立つ姿です。

時代を作った偉人さえも老いるということ、当たり前のことだけど、私は杖をつく堂々とした姿を本物のかっこ良さだなって、思います。

後に続く者達にその姿が教えるものというのは、言葉にしつくせないものなのですね。

 

人は皆老いてゆくし病に倒れます。

その人生の断面に大切な人にどんな姿を見せられるか、それこそが人生の大舞台。

人が逝くとき残される者達に残せるのは遺産だけじゃないですね。

生きざまです。

その人の人生から何を感じさせることができるか、何を与えられるか、それが人生の最大の遺産だと思います。

 

 

徳永さんのコンサートの帰り道、そんなことを思いながら帰りました。

 

 

徳永さん、終盤にくるにつれどんどんいつもの歌声になってきました!

辛そうでもボリュームたっぷりの歌声に、皆さんが拍手喝采でした。

札幌2日目も徳永さんが伝えられる最高のステージで、北海道を温めてほしいなと思いました。

 

初めての生徳永さんだった友人、「来年も行く!」って言ってました。

 

ちゃんと伝わった。彼の生きざまから彼の素晴らしさが伝わった!

私はまたまた感動で、胸がつまって泣かずにいるのが精一杯でした。

 

何を聞いても、観ても、沢山の学びが隠れています。豊かな気持ちになり、素晴らしい夜になりました。