読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

ぐるっと周った先に・・

気づき

f:id:mruru:20160801133641j:image

 

私は何者なのだろう?とか何をする為に生まれてきたのだろう?と、

若い年頃に壁にぶつかって思い馳せる、そんな時期がありますよね。
そうやって悩み、己を見つめることが人を大人にするんだと思うんです。
 
 
私はそんな哲学的な思考のない子どもだったから無縁の悩みでした。
キャッキャ キャッキャと楽しい時間を過ごしていました。
私は40を過ぎてから突然スタート地点に立ちました。
真の大人になるのが人よりずっと遅かった、ということでしょう(笑)
 
 
随分と長い時間私はこの2極に別れた世界を楽しんできたのですね。
地球という世界をとことん遊び、「もういい!」というタイミングでしっかり自分に戻りなさいよと、「さあ できますか?」と、人生プランを組み立てて生まれているような気がします。
まったく危ない賭けのような人生ですよね・・(ー_ー)
 
 
だけど最近はそれもまた必然だったのだなと思うのです。
「せっかく地球に生まれたんだものどっちの自分も楽しみたかった!」、そんなシンプルなプランだったように思います。
でも、もう2極に別れた世界でのお遊びには興味がなくなってしまいました。 
 
 
私は突然始まった自分の中に湧く疑問について内観をしながら自分探しの旅をしています。最近自分の中で科学変化が起きたような気がします。
 
「私って何者なの?」とスタートした旅が4年たった今、元のスタート地点へぐるっと周って帰ってきました。そして「私は何者でもなくてただ私だった」という答えがもたらされました。
 
何者か?と自分を見つめていると、自分が何者かに「なろう」としていたことにハッとしました。理想の自分、人から見た私像、ちょっと背伸びしていたかもしれません・・
 
 
今スタート地点に立つ私は4年前の私とは違う私。
この旅の一番の成果は「研ぎ澄まされていく私」でした。
4年という時間が自分をシンプルへ、と魂の垢を削ぎ落としてくれた。
何よりも心を育てる時間でした。
 そうした経過を経て「私は何者でもなくてただ私だった」と気が付いたのでした。
 
「私」は何者にもならず私のままでいいようです。
できることしかできないし、全て揃っていたし、何よりもこれ以上の要らない荷物を持ちたくはないのです。
深呼吸してもしても吸い足りないような、乾いた私がどこかへ消えてしまいました。 
 
 
「私は私」という答えだけを見たら、何も変わっていないように見えるけれど、 着地点は同じ地点の少しだけ上層階へ着地。。
 
それがアセンション・・☆
 
次元上昇は、こんな風に誰でも自然に起こせているのです。
 
 
同じものを見ても、見える景色が今までとは違います。
同じ事を経験しても、心にある理というフィルターが変わったので、そこから導き出される結果も変わります。
 
 
ぐるっと周った先にもたらされたのはそんな素敵なギフトたちでした。
今の私は、「天の思し召しのままに」・・そんな言葉が胸の中にあるだけ。
 
シンプル is best !