いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

寄り添うこと そしてカタルシスが必要だった私

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ある日の朝日

 

今日は7月7日、七夕ですね。

天の川を挟んだ織姫と彦星は今頃出会えているのかな?

それはまるで自分の中の男性性と女性性の統合を意味しているみたい。

自分の中に在るもう一方の自分。

人や社会の分離の前に、まずは私達個人の中の分離に気づき、統合していかなければいけませんね。

 

 

生きるというのは苦しいものなのだと改めて思う今日この頃。

 

5月と言う自分の中の切り替えの時と、6月の満月と夏至のエネルギーはやはりパワフルで、地球とそこにいる私達を大きく揺さぶり、その内から剥がれたものをしっかりと落とし切ることを、宇宙は望んでいるみたいですね・・

私の周囲にも落としきれずにもがいている人、もう諦めている人、問題をすり替えてしまう人、そんな人達がみられます。

 

そんな人達とのコミュニケーションにおいても、今私の目の前に在るそれらの現象が私の心が映し出している課題、としたなら、やはりしっかりと向き合わなければ目の前からは無くならないのでしょう。

おそらく今の私の課題はそんな人達に「寄り添う」こと。

「励ます」ことを卒業し、ただただ寄り添う人となることなんだなと思うのです。

 

 

 自分の問題だったら自分で解決も乗り越えることもできるけれど、今は苦しみを抱えた人に寄り添うという学びの最中。

そして、それは私が学ぶことを望んで生まれてきたことは明白だと気付きました。

 

自分がその人の代わりをすることはとうていできません。ただその人の「生きざま」を横で見せて頂く、その人の生きざまの証人となること、それにつきるのだなと感じています。

自分ではどうしてあげることもできないという心もどかしい気持ちが蓄積され、大きく膨らんだ風船のようになってしまうと、「もう入らないよ!」と私の心は苦しくなるのでした。

 

パンパンに大きくなった心の風船にハイヤーセルフが針で小さな穴を開けました。

 

それは私が言われたくない言葉を投げかけてきたのでした。

ハイヤーセルフに投げかけられた言葉に反応した私は心の中で不満を爆発させたのです。その時ハイヤーセルフはそんな反応が私から返ってくるのは計算済みでした。

 

カタルシス」という聞きなれない言葉が心に落ちてきました。

 

三省堂辞書サイト」さんによると

 

カタルシスという言葉は、「心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、気持ちが浄化されること」を意味します。

 

精神の浄化作用を意味するようです。

そんな言葉が降りてきて、とても驚きました。

 

不満を爆発させるということは、そこにどんな姿をした不満が存在しているかを露わにしてくれます。自分の今を理解できるようになれるのです。

私には浄化が必要だったことを、ハイヤーセルフはとっくにお見通しだったのです。

 

ハイヤーセルフが投げかけた「言葉という針」のおかげで、私のパンパンに膨らんだ心という風船は、シューっと音を立てて萎んでいきました。

空気が抜けて幾らか小さくなった心は、自分をしっかり捉える余裕ができ、「寄り添う」という相手主導のスピードがあることを受け入れることを私に 気づかせました。

自分と周囲を愛と光で満たし続けることが今の私の仕事なのでしょう。

 

見えざる世界が私の世界を作っています。

その世界で体現しているのが、ここ三次元に在る私なのだと改めて思わされました。