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いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

呼ばれるってどんな意味? 2

せっかく伊勢神宮へ参拝して、美味しい伊勢うどんも満喫したのに。そこにはちょっとも触れない私(^^ゞ 。 興味のない方はスルーしてくださいね。

 

 

では前回の「呼ばれるってどんな意味?1」の続きです。

 

 

mruru.hatenablog.com

 

 

 伊勢神宮への道中、私は体調不良をきっかけに、呼ばれているのは魂かもしれないと気づきました。

 

伊勢神宮に近くなるにつれ、私の中で何かが「やっと会える」と思っていて、とても胸が熱くなっていました。

それは何に、誰に、会えるということなのか?・・

 

 

そこで少し神道の話をすると

人間の魂は神様の分け御霊であると、神道では考えられています。

私達は一人一人、等しくその内側に内なる神様をお祀りしているということです。

 

それを思い出した時、

「私の中にお祀りしている内なる神様が、そのおおもととなる神様に会いたいと思っても不思議じゃないよなー」と思いました。

「呼んでいるのは神様で、呼ばれているのは内なる神様=魂」なんじゃない!?と突然閃きました。

 

 

呼ばれるというのは

『神様にあなたの分霊さんが呼ばれていますから、どうぞ肉体さん、連れていらしてください』というご招待を受けた、ということなんだと腑におちました!

 

 

神様に対面できるだけの状態に、この肉体と魂がやっと整ったということ。もちろんこれは私の妄想です。

前回、天河神社に行けなかったのは、やっぱり「呼ばれていなかった」「準備が整っていなかった」ということなのだと思います。

 

魂の準備ができていなければ体は魂を運ぶことが叶わない。。

世の中にはそんな厳しい存在と場所があるってことを初めて知りました。

 

 

わかっていたけど、内なる神様から見ても、昔の私の心はささくれだって、矛盾を沢山抱えていたということだと思います。だから内なる神様の許可は下りなかったんでしょう。

私が本来進むべき魂の歩みを始めるまで、内なる神様も肉体も辛抱強く待っていてくれたのかと思うと感謝の気持ちでいっぱいになります。

神様はもちろん、内なる神様も魂もハイヤーセルフも、とてつもなく厳しく、優しい存在なんだなと思いました。

 

そして「呼ばれる」という言葉の真意を自己流ですが理解できて、やっと私はスッキリしました(笑) 

 

 

 

何はともあれ、その後、天河神社にも参拝が叶いました。

 

道中寄り道をした夕暮れ時の山の中で、蛇が足元を横断してビックリΣ(゚Д゚)

 天河神社にお祀りされているのは市杵嶋姫命で、神仏習合により弁財天としても信仰されているそうです。

弁財天は古代インドにおいて川の神(水の神)だったことから、川の流れに起因して神使は蛇や龍なんだそうです。

 

 

山の中で蛇と会うのはよくあることですが、弁財天・市杵嶋姫命の神使が蛇だというならば、そこに向かっていた私達は、やはり真意(神意)を感じてしまいます。

市杵嶋姫命さんが「もう夕暮れですよ。道草していないで早くいらっしゃい」と伝えに来たんだねー、と夫と二人、そんな不思議な出会いに感動しました(^^)

 

 そしてどうして天河神社にこんなに惹かれたのか、わかった気がしたんです。

私の旧姓には水に関する字が複数使われているので、水の神様である弁財天さんとはご縁があったんだなと思いました。

 

この天河神社参拝の1年半後に、富士宮浅間大社厳島神社辺りでドラゴン(龍)の写真を撮影したというのも、無関係じゃないのでしょう。

厳島神社の御祭神宗像三女神です。市杵嶋姫命がその一柱です。

もしかするとカメラに映り込んだドラゴンは、私を守護するドラゴンではなく、市杵嶋姫命の神使だったのかもしれないですね。

 

mruru.hatenablog.com

 

 

その時はわからなくても、時間をかけながら色んなピースが埋まっていくようで、面白いなと思いました。

 

 

見えないけれど、そこへ行くことを望まれていたことの幸せを噛みしめ、楽しい旅行となりました(^^)

伊勢神宮を離れ、天川村へ向かう頃には、体調もとても良くなりました。

原因はわからずじまいです・・

全ての状況がまた一つ、気づきを与えてくれたことに間違いはないです。

 

連れて行ってくれた夫に感謝するとともに、しっかり本来の自分を取り戻さなきゃいけないなと、改めて身が引き締まる思いがしました。