いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

呼ばれるってどんな意味?1

私は昔から神社仏閣や歴史への興味が薄く、結婚してから夫の影響で、重要文化財を周るようになり、大河ドラマを見るようになりました。

そんな夫が高野山へ行きたいと言い出し、「私は天河神社に行きたいな」ということで、奈良県和歌山県へ旅行に行くことにしました。

 

 

天河神社に行きたかった理由は何故か覚えていないんです。

天河神社には「呼ばれなければ参拝できない」と見聞きしていたので、興味があったことは事実でした。

スピリチュアルのブログを拝見していると「神社に呼ばれた」という言葉をたまに見かけるんですが、それってどんな意味なんだろう?「私も呼ばれたことあるのかな?」と今ひとつピンとこなかった私・・

だからそんな単純な興味があって天河神社に行きたかったのかもしれません。

 

 

 

 旅行まで1か月を切ったという頃、私は転んで怪我をしてしまいました(>_<)

肩の腱板損傷という割と大きな怪我で、痛み止めの注射が必要でした。転んだ時に全身を打ったのであちこちを痛めてしまいました。夫には大変申し訳なかったのですが、この旅行は中止になりました。

 

奇しくも言い伝え通り、天河神社に「呼ばれていないから行けなくなったのかな?」と思った私は、益々その「呼ばれる」というのが何なのか、知りたくなってしまいました。

 

 

 

そんなことがあってから1年と数か月が経ち、その間様々な環境の変化と共に、色々な気づきが起こりました。人生の見方が変化し、生きる真理みたいなものを私なりに学んでいたと思います。

夫と二人、次に旅行へ行こうと話が出た時には、行先は自然と高野山ではなくて伊勢神宮天河神社に変わっていました。

日本書紀古事記の知識も多少身につけて、伊勢神宮に参拝してきました。

 

 

私は伊勢神宮参拝への道中、体調もバッチリ整え出発したはずなのに、体がクタクタになっていました。体が重く辛くなっていくのに、心はソワソワ落ち着かないという、何ともアンバランスを感じていたんです。

 

車を運転している夫は、私を「お伊勢さんに無事に連れて行くのが役目な気がする」なんて言いだしまして。。

「そっか、夫も私自身も、どうしても“私”を伊勢神宮に連れて行かなきゃいけないんだな」とぼんやりと思っていました。

 すると知りたかった「呼ばれる」というものがどういうことなのか、何となく理解できたような気がしたんです。

 

 

「呼ばれている」のは私という肉体でありながら、『魂』の方なんじゃないかって思ったんです。私の肉体は魂を運んでいるに過ぎないのかもしれないと思いました。

 

 

思いのほか長くなりそうなので次回へと続きます