いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

荒城の月

  ​3月11日 今日、東日本大震災から5年が経ちました。

亡くなった方のご冥福を心からお祈りするとともに、今も苦しみを抱えながら暮らしている被災者の皆様に、一日も早く沢山の笑顔が戻ることを心から祈り、応援しています。

 

今日は日本人の心の歌でもある、唱歌『荒城の月』について書いてみます。 

 

 

『荒城の月』

作詞:土井晩翠

作曲:瀧廉太郎

 

1、春高楼の花の宴 巡る盃影さして

千代の松が枝 分け出でし

昔の光 今いづこ

2、秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて

植うる剣に 照り沿ひし

昔の光 今いづこ

3、今荒城の夜半(よわ)の月 変わらぬ光誰(た)がためぞ

垣に残るは ただ葛(かずら)

松に歌ふは ただ嵐

4、天上影は変わらねど 栄枯は移る世の姿

映さんとてか 今も尚

ああ荒城の 夜半の月

 

 

インターネット上には数々の素晴らしい歌詞の解釈が載せられています。どの解釈をお借りするか大変迷ってしまい、あえてこちらには載せないことにしました。

とても勉強になりました。ありがとうございます・・

 

様々な解釈を拝見し私なりに思ったこの詩の意味は、

「月の光は昔の繁栄も、荒廃していく今も等しく照らしている。

諸行無常、変わらないものは何一つとしてないのだから、ただ前を向く他にはないんだ」ということでした。。

 

今回は土井晩翠に着目して書いていきます。

 

 

作詞の土井晩翠仙台市の生まれでした。

 歌詞の『千代の松が枝』も伊達政宗が「千代(せんだい)」を「仙台」に書き改めて現在の仙台市に繋がっていることから、「仙台」の掛詞である「千代」と書き、非常に長い年月という意味の「千代」と掛け合わせているようです。

 

晩翠はこの詩の城を、仙台市青葉城址と福島県鶴ヶ城を思いながら書いたようです。( 参照 荒城の月 - Wikipedia )

 

 

 

大塚 野百合さんの『讃美歌・唱歌とゴスペル』という本の中に書かれているのですが、

 

作曲の瀧廉太郎はキリスト教の洗礼を受けていたこともあり、ベルギーの修道院では、この荒城の月がミサのクライマックスに歌う讃美歌となっているそうです。

ジムネーズ神父は、「荒城の月」の旋律に「たましいの深い動き」、祈りと愛を感じ取れると伝えています。

 

またこの著書には土井晩翠の音楽会での言葉も載っています。

戦争直後の荒廃した日本について、

「日本中が荒城そのものだね。私の詩は、四十余年の昔に、今日のあることを予言したような感があるね。…まったく衰弱している冬枯れの日本も、必ず春が来る。この希望をもち、明治以来のミリタリズムを捨てて平和と人類愛を理想とすべきだろうね」と述懐しています。

(Amazonレビューを参照しました)

 

 

奇しくも仙台出身の土井晩翠が、東日本大震災被災地・仙台と福島を想い作ったこの詩が、讃美歌の一面を持っていました。

私達の心にいつまでも響く『荒城の月』は、私達を今も見守ってくれている先代の方たちの温かい眼差しであり、魂を慰める旋律に感じられます。

讃美歌・荒城の月が、東日本大震災の全ての被災者の心を慰めてくれることを心から祈るばかりです・・・

 

 

 

 『 ケルビム賛歌』  いつもと違う荒城の月が胸に滲みます・・

 


Hymn of The Cherubim