読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

自分探しの旅の始まり

はじめに

北海道神宮へ参拝してきました。

ピリピリっと寒い、北海道らしい雪の中の参拝でした。

 

寒いのは嫌いですが、私はこのピリピリ感、北海道らしくって好きです。

足元がキュッキュッと踏みしめる感触と音。 あーしばれるぅっ(ブルッ)」と思わず肩をすぼめて急ぎ足で歩いてしまいます。

 

手水舎には氷もできていました。

素手を出すのは遠慮したい寒さですが・・写真を撮りたくなりました。

 

 f:id:mruru:20160115143712j:plain

 凍てつく寒さはとても静寂です。

全ての音を消すように、寒さと雪が包んでいます。

 

 

ここから <ブログを始めたワケ>  の続きです

 

mruru.hatenablog.com

 

 『自分は何のために生まれたのか』 『自分は何者か』  

そう問いかけてみて、私は自分を何も知らないことに驚きました。

答えがみつかりませんでした。

 ありのまま、思いのままに生きることができなくなっていた私にとって、何をしたいかは必要ではなく、“何ならできるのか” が大切だったのです。

 

だから 何をしたいのか? 何が好きなのか? それがまったくわかりませんでした。

 

 

2012年から始まる自問自答のなかで、石井ゆかりさんの紡ぐ言葉が好きでよく星占いを見ていました。

そのうちにホロスコープを自分で見てみたいという気持ちが湧いてきました。

 同じ時間に同じ場所で生まれた者以外に同じホロスコープの人はいなく、星の位置がその人の生きる方向を知らせているということに、とっても興味が湧きました。

星は私に何といっているのだろう? そう思うとワクワクしてきました。

 

そこで自分探しのツール占星術を取り入れてみようと思いました。

自宅近くで教えて下さる方もみつかり、『自分とは何者か』を占星術から紐解いていく時間が始まったのでした。

 

 

自分を紐解くということは、都合の悪い過去にも対面するし、見たくない醜い自分の心根を目の当たりにもします。

正直 「もうやめた(>_<)」と逃げたくなりました。

 でもその時期の私は不思議な体験も数多くし始め、見えないものに導かれながら、どこか探究に面白さも感じはじめていたのでした。

 

スピリチュアルという世界に初めて出会った私は、その時やっている自己探求が覚醒への道だったのだと後で気づきました。

心から剥がれ落ちた思いや思い癖を、感謝と共に手放すということを繰り返しました。

そんな時間を2年ほど過ごしました。

 その時の自分にできる手放しは終えたと感じた頃のことです・・

 

 

2015年も始まったばかりのころ、乳癌が見つかりました。

 

癌の宣告を受けた私は、涙も流したし、胸が苦しくもなったし、不安にもなったけれど、自分の中に動じない“何か”を感じていました。

その何かが、『私の最終試験だ』と思っています。

ガンになった=死という“最終”試験なのではなく、その“死”さえも含めて、壮大な、魂レベルでの私の今世の全ての総決算だと思いました。

 だからこれから先、私が何を思い・考えるかによって大きく私の未来は変わってくるのだと、病の動揺から離れたところで冷静に覚悟している自分がいました。

 

この感覚はこれまでの自問自答の時間がくれた最高のギフトだと思っています。

この感覚がなければ、私はただうろたえて、ガンという言葉にのみこまれてしまい、生きる気力さえ失ってしまっていたと思うのです。

 

 

 

 癌の宣告から約1か月で全摘出の手術を受けました。

その後放射線治療を受けて、現在ホルモン療法を継続中です。

宣告から治療を選択するまでのあっという間の時間の中で、とっても濃くて貴重な体験をしたように思います。

そしてその体験を必要としている人がいるかもしれない、いるならば届けたい、といつの日か思うようになりました。

 

 

自分自身と対峙しなければならないタイミングは人それぞれ違うと思うし、理由も様々だと思います。

誰にでも『その時』は突然やってくるのだと思います。

胸の内に「自分の人生、なんか違うぞ・・」と違和感が起こったら、それはきっと目覚めへの『wake up call』だと思うんです。

その湧き上がる感覚を無視せずに一旦立ち止まって、向き合ってみてください。

 

 

こんな風に私に起きた『目覚め』の一端を、少しづつ書いていけたらと思います。