いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

2019年

2019年がスタートしましたね。

 

 

私は、昨年の大晦日は ここ数年恒例となっている 藤井フミヤさんの カウントダウンパーティーに行って来ました。

 

いつも楽しみな 弟の尚之さんとのコラボ❤️

チェッカーズの曲は、生で聴くと いつも胸がチクッと切なくなる。

 

そして 木梨憲武さんや息子さんも登場して 会場はさらに大盛り上がりでした。

 

きっと 藤井ファミリーには調和のある関係性ができあがっているんだろうね。だから会場の空気も和やかになるんだと思う。

辺りを見渡せば、みんなニコニコ 笑顔がいっぱい。

前の席のご夫婦も乾杯のハイタッチ。

私達も穏やかに、そして幸せになる。

 

バルーンにはフミヤさんからのメッセージつきおみくじが入っていました。

これには夫が大感動。

フミヤさんのファンを思う気持ち、喜ばせたいという気持ちを感じたようです。

「大晦日に武道館いっぱいにするプロって、やっぱり なんか すごいね」と言ってました。

夫のツボはそこでした 笑

 

私は単純♡ フミヤさんからのメッセージに大喜び。

ささやかな幸せを1つひとつ拾いながら、大きな幸福を感じられる人になりたいな、と思います。

 

 

武道館でのカウントダウンパーティーは今回で最後。

帰り道、楽しかったのにとっても淋しかった。

また いつかどこかで、カウントダウンも再スタートするのを 楽しみに待ちたいと思います!

 
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帰りはそのまま靖国神社で初詣をしました。

靖国神社での初詣は 初めてでした。


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以外にも人出はまばらで、ゆっくりと参拝できました。

 

『世界と日本の平和』を 切に祈りました。

もう それしか願いはありませんね。

この国の礎を築かれた神霊が祀られる靖国で願うことは、それしかありません。

 

 

 

おみくじには、『つらぬくに、高き直き心をもてす。かつ、その高き中にみやびあり、なほき中にをゝしきこゝろはあるなり。』とありました。

 

意味は、「高貴なる精神、うしろぐらいところのない正直一貫の境地、そしてそこに、やさしく、もののあわれを解する心と、凛々たる勇気とがみなぎっている。」

 

これは私の一年であり、この国の一年でもあるのかな、と思いました。

それがご先祖様の願いであれば、そんな御魂となれるよう努めるばかりです。

 

 

 

今年は元号が変わります。

この国にとって 大きな変化の年。

良い変化に笑顔が満ちる、そんな一年にしたいものです。

 

 

では、今年もよろしくお願いいたします☆

 

 

 

今年も一年ありがとうございました

今年一年 このブログを訪問してくださり ありがとうございました。

私にとって今年は、愛犬を見送るという 命を見つめ続けた濃密な一年でした。

皆様はどんな一年を過ごされたでしょうか。

 

 

年末は、冬至、満月と、地球を取り巻くエネルギー もグルングルンと忙しそうでした。

 

私自身 冬至から、自分の世界が変化しています。

今まで乗っていた列車とは明らかに違う波動…。

違う列車に乗り換えたのをハッキリと感じています。

 

ガタンガタンと 実世界も大揺れし、それはそれは大いに驚きました。

それは守護からも伝わっており「ああ 間違いはないようだ…」と唖然としました。

 

これまでは自分で決めて自分の人生を歩いてきました。

でもそれって当たり前では?

 

でも、守護さんがいうには

それは体主霊従で生きてきたのだと言います。

ここからの人生は霊主体従で生きていくんだよ…

どう思う?そう伝わってきます。

 

えー 嫌だ!と随分抵抗しました。

私には私の目指す世界もあるのに。

今更変更って…それにそんな器じゃないから!

と無視しました。

 

抵抗している間は、まぁ 大揺れに揺れて…不安でしょうがないのです。

 でも守護さんの言葉を受け入れ、変化を受け入れ、

ようやっと実世界が落ち着きを見せました。

ホッとしています。

 

これは根負けということでもないのです。

守護さんの導く道は私自身の魂の望む道だと、

そう思う自分も自分の内には居たのです。

それに、もうとっくに準備は整っていたんですよね…

それがはっきりと見えたので、受け入れました。

 

 

色々な所で言われていますが、

2019年は 本質で生きる時間の始まりなのかもしれません。

そしてその2019年は、もうすでにスタートしているのかもしれません。

 

 

穏やかな年の瀬をお過ごしくださいませ。

私は2019年ものんびり更新してまいります。

御縁がございましたら、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

よいお年を!

 

 

ワンコとのその後

更新をしないまま 今年も終わってしまう!と、慌てて書いています (>.<)

今日は、先日お別れをしたワンコとのその後について書いておこうと思います。

 

 

その後ですが…

繋がりが益々濃くなったと感じています。

 

 

 四十九日までは、よく気配を感じたり、話しかけるとロウソクをシューっと消してみたり、お花を揺らせてくれたりしました。

魂になっても近くにいるというのは本当なんだな、と思いました。

 

四十九日法要の日を境にあの子は天国へと還りました。

あの子は後ろ髪を引かれる様子で、私達の顔を何度も振り返り見ながら、お迎えに来てくださった仏様の横をチョコチョコと歩きながら、天に昇ってゆく姿を私に見せてくれました。

私は「ずっと側にいたいけど行きなさい!」と 背中を押しました。

四十九日が一つの区切りだというのは本当なんですね。

 

 

あの子は今、病気の苦しみや 老いからくる様々な痛みから解放され、癒えている様子で、呼ぶととても軽いエネルギーが 私を包んでくれるようになりました。

 

でもそれは同時に、もうこの世のあの子ではなくなったことを示しているので、寂しくもあります…。

今は天の元で働く愛らしい新米エンジェル❤️になっているようです。ティンカーベルのような姿とかわいい名前を知らせて来ました 笑

 

天使名を呼ぶと キャピッ(/▽\)♪と私を取り巻くエネルギーが上がります。

聞くと答えてくれます。

言うことがとても大人っぽくなって、エンジェルらしいな~、成長してるな~ と嬉しい私がいます 笑

 

 

話は変わり、ワンコとのお別れの時、私の心に大きく深く刻まれた「どうして?」の、ある一つの疑問がありました。

その疑問は解消されなければ一生私の心の傷となり、心残りとなったであろう 私にとって重大な疑問でした。

 

翌朝、そんな思いを 亡骸を撫でながらあの子に話しかけていました。

すると私の心に言葉が伝えられました。

その言葉は、私の心の傷になりかけていたその疑問を解消してくれて、同時に死に際のあの子の思いを知らせてくれる言葉でした。

私はしばらく涙が止まりませんでした。

 

お陰で心の傷になる事なく、心残りもなく、私は 今 過ごせています。

何より、あの子の最後の思いを知る事ができて、私があの子を愛していただけではなく、私もあの子に深く愛されていたのだと教えられました。

 

 

寂しさや悲しみは辛いですね。

でも、寂しさや悲しみを胸に抱いているというのは、その記憶や時間が、それだけ幸せなものだった証拠なんだと思うのです。

 

だから、大切な存在を失った悲しみや寂しさを胸に抱いて生きて行けるということは、それはそれは とても幸せなことなんだと 私は気づくことができました。

 

 

 

命の最後の瞬間まで 私の教師となってくれたあの子に、心からの感謝と愛を伝えたいです。 

そして、私達を取り巻く形はかわってしまったけれど、今も思うといつも側にいてくれるのがわかるから ママは今もとっても幸せです、と あの子に伝えたいです。

 

こちらのことは心配せず、安心して 立派なエンジェルになってほしいな、と 心から思っています.:*:・'°☆

 

 

ワンコとのお別れ

もうすっかり秋から冬になってしまいました。

気づくと11月。

すっかりブログを忘れていました。

 

 

10月の末、ワンコが天国へ旅立ちました。

腎臓病の治療をしていたワンコですが、夏くらいからは痙攣と失神を繰り返していました。

でもその度にフラフラになりながらも戻って来てくれて、何度も命の奇跡を見せてくれました。

 

命の最期は一発勝負、最愛のワンコを看取るという 練習のない厳しい現実を 私達は受け入れられるのか? 

そんな不安は いつもいつも胸にありました。

 

でも この奇跡の連続だった 悲しみの経験を重ねることで、家族皆が、本当の最期のお別れのための心の準備を整えることができました。

それは ワンコが私達にくれた 優しい心遣いでした。

 

最期は天にお願いしていた通りでした。

穏やかに旅立ってくれました。

私達夫婦の腕の中で抱っこさらながら、眠ったまま天国へと旅立ちました。

 

 

楽しい16年間の記憶が、今は 悲しくもあり寂しくもあります。

それでも、そんな心のうつろいをしっかりと心に焼き付けようと思う 強くて冷静な自分もいます。 

 

楽しい 愛しい時間でした。

ワンコのくれた最期のレッスンをしっかりと学び受け、卒業したいなと思います。

 

子守唄

 

ワンコが腎臓病になってからは 

子守唄を唄うことが増えました。

 

 吐き気で眠れない時も

 秒殺で コロンと横になります。

 

 

江戸の子守唄・・

母が私に唄い 私に染み付いた、

歌というか音というか・・ 笑

今は 私が ワンコに唄っています。

 

この子守唄

保育のボランティアで、

お子様を預り 抱きながら唄うと

100% スヤスヤと眠ってくれます (*^^*)

 

子守唄の言葉やメロディーは、

眠くなるような 穏やかな波動で

できているのだなぁと思いました。

 

 

 

そんな私の唄う子守唄に、最近、

別の波動が重なっていることに 気がつきました。

 

音のような 振動のような‥、 やはり波動というのかな?

 

少し低くめの 優しい波動が

二重奏のように、

心地良く、

私の声に乗って 流れてきます。

 

 

その波動は男性のように感じます。

大きな温もりを感じました。

 

 

私の中の ある神様が脳裏に浮かびました。

 

きっと ご縁を頂いている

ご神仏さまや 守護する皆さんが、

 ワンコのため、私のため、

協力して下さっているのだと思います。

 

 

 

 いつも思う事だけど、

人は やっぱり 一人では生きていないのね…

 

最近の私が自信を持って生きていられるのは

一人じゃないからだと思う。

導かれているから

心に迷いがなく  生きれる。

 

 

私も唄いながら、

安心感のある その波動に乗って

ワンコと頬寄せあい

眠っていました 笑

 

とても幸せな気持ちでした (*^^*)

 

 

正しく悲しむ

 

守護さんに質問しても  

シーン … …

 

答えてくれないことがあります。

そんなことが多いです。

たぶん 自分で答えを見つけなきゃいけないからだと思います。

 

でも 必要な時には

映像や言葉が 胸に広がり

気づきのチャンスを頂けます。

 

 

この間もそうでした。

介護中のワンコの 弱くて熱い呼吸を傍で感じていた時

泣けば泣くほど 整理がつかなくなりました。

 

すると 守護さん達から

御魂に染み入るように届きました。

 

『正しく悲しみなさい』

智慧の人であるならば わかるはず』 と‥

 

 

 

あなたは知っているはず

人生は川の流れ みたいなものなんだってことを

 

それは 一人として違わず

誰もが 生まれた瞬間から

悲しみと苦しみと、少しの喜びの川を生きている

 

 悲しみや苦しみの さなかに生きるとき 

水中に潜り 流れそのものになっている

 

流れそのものになったあなたは その川の行き先が見えるのかい?

流れの中で 呼吸はできるのかい?

 

  

そこから出ておいで

悲しみと共に在るのは かわらないが

水面に出て 天を仰ぎ 流れに身を任せて

 

やみくもに悲しまず

正しく悲しんで   「悲しい」といいなさい

 

 

 

言葉が胸に広がると 涙は止まり

詰まって苦しかった喉が、楽になりました。

 

映った映像には

熱い「悲しみ」の泡が ポコポコと音を立てて水面に溢れ出ていました。

 

“ 悲しみ”という水中に深く潜った私は

「悲しみ」そのものでした。

 

 

あの時、一瞬  ザブンと 人生の川にのまれたと思います。

きっと 守護する皆さんの手を 一瞬 離してしまいました。

 

ご神仏様やご先祖様、守護神様の導きがあるからこそ

人はこの世に溺れず、迷子にならず、 すんでいるのでしょう。

 

また 救われ、 気づきました…

ありがとう と心から思います。

 

今年の栗と玄米

 

街路樹はまだ緑色の札幌。

そんな道端に、栗の イガイガさん が落ちていました。

秋なんだねぇ‥ 季節を感じることを忘れていたな。

 

 

ワンコの病院の帰り、栗の木がある公園に行ってみました。 

昨年は3つの栗を拾いました。

今年はまだ手付かずの栗も落ちていて 沢山拾えました ✨

 

 

公園で 小さな男の子とお母さんが楽しそうに栗拾いをしていました。

男の子が私に「はい」と持っている栗を分けてくれました ✨

「うちはいらないのでどうぞ」とお母さん。

人とのふれあいに 心がホッコリと温まりました。

 

いつもの小ぶりの栗。今年も茹でて 美味しくいただきました ♪


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  震災後、なかなかお米が手に入らなかったです。特に無洗米。

そんな時に 納戸に2年前の玄米が残っていたことを思い出しました!

 

袋を開けてみると 糠の酸化した匂いもきつく、そのままでは食べにくそうでした。

とにかくゴシゴシ洗って糠を落としました。でも手は真っ赤 笑

その後 お湯で浸水をしてみると、まぁまぁ食べれました   (*^^*)

 

そんな話を友人にしたら 彼女は

「一升瓶に玄米を入れて 棒でついてみー」

と言います。

彼女は友人の中でも1番の 知恵袋のような人 ☆

はだしのゲンでそんなシーンがあったよ!」と言います ✨

 

早速やってみました。

さすがに一升瓶はないので‥ 

酢の空き瓶に木のへらを入れてみる。 いい感じ 👍

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空いてる時間は ひたすらシャカシャカ… 

停電の暗闇でもジャリジャリ… 

 

2日目には約2合弱の玄米から こんなに糠が取れていました  ~


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あえて 不便なことを取り入れてみたけど、けっこう楽しかったな ☆

ゆっくりと流れる時間や、変化していく物事の様子に、喜びと愛しさがわいてきました。

面倒 もたまにはいいもんです。