いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

ワカヒメ物語

神道上座部仏教、興味というか それぞれの学びの流れのようなものが、これまでの5年間、交互に訪れている気がします。

神様のお話を知ることが楽しくなってきたかと思うと 本地垂迹と降りてきたことがあります。「仏教神道もどちらも大切なんだなぁ」との理解で、その流れに身を任せます。お釈迦様の言葉を読みながら、一体私はどこへ流れ着くのだろう?なんて思ったりします。

 

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久しぶりに訪れた洞爺湖

 

そんな今は何度目かの神道の流れ。初めてホツマツタエというものに出会いました。ホツマツタエに特別な興味がない私は、度々睡魔に襲われつつ 本を読みはじめました。

その本は、宮崎貞行、SUMIKO!、アマノコトネ 著『隠れた言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!』といって、アマゾンで別の本を購入した際 気になって買ったものの、本棚に入ったままになっていた本でした。

 

隠された言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!

隠された言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!

 

 

ある日 掃除をしている脳内に、「おして」「おして」と言葉がありました。何を押すんだ?と思いつつ、スマホで『おして』と調べました。

並んだ言葉の中で『ヲシテ』という言葉に、「神代文字」や「ホツマツタエ」という言葉が並んでいたので、この本のことを思いだしました。

今 あの本を読むんだな と読みかけの上座部仏教の本を中断し、この本の流れを受け入れました。まさかまさかのこのタイミング。この日のために一年以上も前にこの本を買ってあったんですね。面白い~ 笑

 

この本は3部に分かれていて、1部は著書に携わったお三方が、ワカヒメさまやアワウタ、言霊に関してのこれまでの取材の話などを 対談されています。  2部はアマノコトネさんの読み取り能力からの考察。第3部はこの読み取りと数々の取材、ホツマツタエから考察し、SUMIKO!さんが紡いだ ワカヒメ物語となっています。 

あまり解説の示されていない本なので、知らない神道の言葉はパソコンで調べながらの読書になりました。 また、ワカヒメさまから降ろされた数々の和歌は、和歌をたしなむ習慣のない私には、ちょっと難しく思いました。 おそらく再度読み直すことになると思うので、おいおいわかれば良いなと思います (*^^*)

 

私はワカヒメさまという女神様の存在を知りませんでしたし、このワカヒメ物語は記紀の神話とは全く違うストーリーとなっていました。 しかし、この物語を読んでみてもそこには驚きがある代わりに、 胸にしっくりと馴染む心地よさがありました。すんなりと受け入れられる物語でした。

 

ワカヒメ物語は”生きた”物語でした。あちらこちらから息吹きを感じ 情景が見えてきます。手に取るように草花を感じ、月光の青白い光の中を進む小舟がたてる波を感じ、虫や鳥の鳴き声、川や海の水の音までも感じることができます。それはとても瑞々しく、登場される神々の 自然な思考や 切ない思いが、とてもリアルに胸に響きます。

アマノコトネさんの見えない世界からの誠実な読み取りなしには この瑞々しさはあり得ないでしょうし、SUMIKO!さんの丁寧な表現の積み重ねなしには このリアル感もあり得なかっただろうと思います。

 そんな物語の情景がどんどんと胸に流れてくるので、涙が止まりませんでした。心が震えて何の涙なのか見当もつかない涙が、ただただ流れました。 

 

 言霊には、様々を整え、天と地 異なるものを合わせる作用が秘められているということを伝えています。  今は神上がりされた 遥か遠い昔に人としてあられた方々によって この国の乱れは整えられ、今があるのです。今を生きている私達にその大役は引き継がれ 、また引き継ぐ時がやってくるという自覚が、今こそ大切なんでしょう。  

だから何なのか、どうしたら良いのか皆目見当もつきませんが、私の中の日本人のDNAのスイッチが押されたのは確かな気がします。沢山の日本人の目覚めのために、ワカヒメさまの『超』復活!がなされたことは確かであろうと、この本を読んで思いました。

 

まだまだ触れただけのホツマです。今私がこのホツマツタエに触れる意味は何だろうか?と 心に置いて、興味のまま しばらく流されてみようと思います。何を理解し、何を自分の心に響かせるのか、楽しみです。

愛しさ

   
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太陽フレアの発生の後 石狩浜では赤いオーロラが観測されたとか。オーロラは海外のものとばかり思っていました。見てみたかったな。

電磁波の影響かわかりませんが、翌朝、まだ日の出前の北の空が ピンク色に染まっていて、 とても綺麗でした。そういえば ここ数日の私は 眠くて仕方がなかったなぁ。

 

 

先日 買い物から帰ると、家の中があちこちワンコのう〇ちまみれでした!初めてのことに それはもうただただ唖然、ビックリです。

でも この状況を一瞬で理解できてしまった 笑

 

おそらくうちのおばあちゃんワンコ、う〇ちがおしりからスッキリと落ちきらなくて、「いやいやッ 落ちて~.。 う〇ち ついてこないで~ (>_<) 」 とトイレの中をグルグル歩きまわった結果、下に落ちてるう◯ちを踏んで歩いたようです 。

なんてこった…と しばし固まった私でした (;・∀・)

 でも う〇ちがどーとかワンコにとってはどうでもいいことなんですよね。自分自身がとても臭いだろうにね、それでも とっても幸せそうに グッスリ スヤスヤと眠っていました (*^^*) その寝顔がとてもとても愛しいです。

 

「そうか…う◯ちにまみれても キミが幸せで良かったよ。そんなキミと今日も過ごせて それだけでママは幸せだよ」とじんわりと胸が温かくなりました。

 

ワンコは随分と耳も遠くなり 私が帰宅しても 玄関まで迎えに来なくなったので、そーっと部屋に入ると ジーっと寝顔に熱視線を向けていました 笑  それに気づいて目覚めたワンコは しっぽフリフリ「おかえりー♪ 待ってたぁ❤」と今にも飛びつきそう 笑

 「まてまてぇーー!歩くな ( ̄□||||!! それ以上は歩いちゃいかんよ!」と臭いワンコを抱き上げて、そのまま洗面所でタオルも外せるカーペットもワンコも、ジャバジャバ洗いまくりました 笑  ホント ひと騒動でした。

 

それにしても 生きているって色々起こりますね。汚れを洗い落としながら 亡くなった祖母のことを思い出しました。

今回の出来事と同じようなことが 生前の祖母に起きたことがありました。

母から聞いた当時の私の想像をはるかに越えていただろうと 今ならわかります。 驚きと戸惑いとため息、絶望と見えない未来…。 痛いほど その苦労がわかります。

父も母も大変な時を過ごしていたのに、娘は何もできませんでした。いつだってそうでした、子供達の見えない所で沢山の苦労をしてきた両親です。

ワンコはいつも 色んな気持ちを教えてくれます。

 

執着が消えていく

最近 ブログを書けずにいます。ブログだけではなく、いつものように「こんなことあった!」と自分の体験のシェアをすることも、しにくくなっています。

内側に変化が起こるたびに、その変化への執着が消えてしまうのです。起きて気づいたら消えていく…

 

言葉にする時はその出来事を まずしっかり捉えなければいけませんね。「このことを書こう」という的を絞るのは、執着なしにはできないんだな…と改めて知りました。

 

その執着が消えていくので、出来事自体を掴み続けられません。だからブログを書くことも語ることも、なくなっていきます。

まぁ そうなのだから仕方がないことです。

 
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満月から1日のお月様。まだまだ満ちていますね。美しい…

 

大切な人が、自分を閉じ込めていた大きな呪縛から、抜け出す勇気を持ちました。この学びはきっとこれで終わりだろうと思います。

その呪縛は幼少期の辛い出来事から派生した大きな塊のようなものでした。

この呪縛からの解放は カルマの刈り取りにも大きな影響を与えるはずです。全てが終われば、これからはその人本来の優しさと明るさで生きていけるのだと思います。そのことを共に喜びあいました。

 

6日の満月は魚座の満月でした。12星座の終わりの星座、それは スタートのための終い仕度だなと思います。そして癒しの光だったと思います。

素晴らしい経験に おめでとうと心から思います。

 

心を育てる   練習する 

札幌は涼しくなりました。もうずっと涼しいです。夏は終わりかな…。  気づけば冷凍庫のアイスも氷系からクリーム系へと好みが変わっていました 笑

 

 『超訳 ブッダの言葉』を読みました。

 

仏陀の教えにすごく興味があっても 経典を読んで理解するとなると なかなか難しいもの。この本は現代の感覚に寄せながら仏陀の言葉を教えてくれていると思います。とてもわかりやすくてスーッと心に入ってきます。

 

「怒らない」「比べない」「求めない」「業を変える」「友を選ぶ」「幸せを知る」「自分を知る」「体を見つめる」「自由になる」「慈悲を習う」「悟る」「死と向き合う」 

以上 この本の内容は12のカテゴリーに分けられ、160の仏陀の教えの超訳が書かれています。

 

その時の心の状態や 置かれている「今」のテーマによって ピンとくるカテゴリーが変わってきます。去年と半年前と今とでは自分の心が反応する「教え」が変わるので、「今 こんな学びの最中なんだな」と 現時点での自分の心のステージを客観的に確認できて、面白いなと思います。

今回は「今」の私にとても響いた一つを抜粋し、ご紹介いたします。 

 

 

 『慈悲を習う ~あらゆる生き物に対する慈悲の心を練習すること~』

 

 

他人をだまさないように。

いついかなるときも、相手が誰であれ、他人を軽んじることのないように。

怒りの思考に心をのっとられ、互いに相手の苦しみを求めないように。

あたかも母が自分の子を「よしよし」と、優しく抱きかかえ受け止めるかのごとく、

あらゆる生き物に対して、どこまでも広がる慈悲の心を育てられるよう、

練習するように。

 

『練習するように』という最後の仏陀の言葉に救われました。 仏陀もそうやって練習し、慈悲を広げることに向き合ったお一人だったのかもしれません。

 

前回の記事『アンシェントメモリーオイルに導かれた博愛』で触れていますが、私の現世のテーマを占星術でみると博愛だったことを最近思い出しました。そして、図らずとも「自分も人も平等」という博愛の実践の中に私は今在ることに、改めて気づかされたのでした。

テーマに掲げて生まれてきたということは、そもそも苦手なテーマなわけでして…。自分の中にその意識があったとしても 隠れてわかりにくくなっているんですね。そんな意識をまず受け入れ認識することから始めるということに 少しだけ気後れしました。

最初から慈悲や博愛の意識が標準装備されている人もいれば、自覚がない感覚の取り扱いに苦慮する人もいます。 私は、所詮「私は未完成なのだ」と 今思えば少し早合点して ショボくれていたかもしれません。

 

 仏陀も、仏陀を目指し修行に生きた人達もみんな、練習し 自分を育て上げて達してきたのなら、 なんだか少し気が楽になります。真理の探究という今も昔も変わらない道があるのだとしたら、歩きかたも今と昔、そんなに変わってはいないのかもしれません。  

標準装備の人達ばかりではないし、何より仏陀も練習を推奨している。私もこれでいいのだ と気持ちが楽になります。 練習し 心を育てればいい。誰も特別じゃない。

このままの自分を満たして あとは溢れ落ちるだけです。

もう気負いはいらない。

 

アンシェントメモリーオイルに導かれた博愛

最近はスタミナ不足だなー、すぐ電池が切れてしまう。。寝ても寝てもエネルギーが足りていないので、最近は夢も見ていない。きっと今は寝ることが最優先なんでしょう。

 寝ている顔が老け込んでるよ~と主人に言われたんですが ( ゚Д゚) マジですか?それは終わっているでしょうよ 笑   

 

先日 初めてアンシェントメモリーオイルのセッションを受けました。もう2年ほど前から友人に誘われていたのですが、その時は必要に感じなくて「今はいらないよ」とお断りしていたセッションだったのです。でも今回のお誘いには「願い事はないけど、行ってみようかな」とスッと受け入れてる自分がいました。きっと今がご縁だったんですね。何度も誘ってくれた友人に感謝です。

沢山並んだボトルを見ていると、「気になるボトルはありますか?」と言われ、 ヒーリングハートという淡い桜色が綺麗なボトルを選びました♡ 

…ヒーリングハートって。疲れてスタミナが切れていたのは心だったとは 笑 わかりやすいな 自分。

 

今の私をたくさんお話して出来上がったのは、パウダリーな香りのコーラル色のミニボトルでした。自宅でもいつでもそばにいれるようにスマホのイヤホンジャックにしました。太陽のチャームは、裏は三日月と星です。カワユイ♡


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コーラルの色の意味が気になり調べてみました。私がシックリきたのがこちらのオーラソーマのHPです。引用させて頂きます。ありがとうございます。 

コーラル 色の言語を学ぶ<オーラソーマ総合情報サイト>

 

生きているサンゴは、自然の法則によって大洋や海の中で成長し繁茂することできますが、それは自分の個体性を放棄して、全体の平和というもう一つのものに参加するからです。この意味で、「コーラル」は共同体あるいは地球規模の博愛意識を代表しています。サンゴは地表近くで成長し、それゆえ太陽(運動エネルギー)――源泉、光――に到達しようとしています。まさに珊瑚礁のように、エゴを持たずに膨らみ広がる能力が研ぎ澄まされると、個体性の「放棄」と、「相互信頼」を喜んで受け入れることが可能になります。これが、光に到達するということです。

何千年もの間、多くの文化の神秘家や聖者たちは、自分の「仏身」あるいは「霊体」の覚醒に向けた探求を支援するために、コーラル(サンゴ色)/サフラン(濃黄色)のローブを身にまといました。それによる自己の超越、「一体性」との統合がありました。

 

 

これを読んでハッとしました。気づいたのだけど…今 私は博愛意識を学んでいるのだと思う。その流れの中に私、確かにいます…。

 

少し話が脱線しますが、占星術のお話を少し。

占星術にはドラゴンヘッドという感受点があります。ヘッドとテイルは星ではなくて、月の軌道と太陽の軌道の交点を計算で導き出したポイントです。ヘッドの180度反対側にあるのがテイル。ヘッドが「現世の使命」とも言われていて「現世での学びのテーマ」を示しているのに対し、テイルは「 過去世で経験してきた生き方」を示します。

慣れ親しんだ生き方だけに、今生でもテイルのような生き方の傾向に進みがちなんです。その方が楽だから。でもそれでは意味がないのです、生まれてきた意味が。 知らない世界だけど勇気を出して ヘッドの生き方に飛び込んだ方が、現世での学びに早く取りかかれます。ヘッドのテーマにチャレンジする流れが 人生のタイミングでちゃんとやってくるようになっているはずなのです。

私のドラゴンヘッド水瓶座で、それは「博愛」とか「自分も人も平等」の価値観を学ぶのだよ と示しています。

ほらほら~…人生の学びのタイミングがやってきていますよ、今 (≧▽≦) 

意識していなかったけど、人はちゃんと「使命」を生きるようになっているんですね~。大それた「なりたい自分」を掲げなくても、人生の中にすでに沢山の使命の種は撒かれていて 育ち芽吹いているんです。その芽に気づいた時 逃げずに向き合うことが、「使命を生きる」ということなんです。

 

話は戻ります。 

博愛って概念がとても難しい…。私にとって現世の学びなだけのことはあって、これまでの自分の中にはない価値観 笑 基本、自分が一番可愛い私です (^^;) だからいつも心の中で問いかけているテーマなのです。

 

じゃあ博愛って何だろう?ここからは私の解釈です。

「自分以外の人や生き物の存在とその命の価値」は 「自分の存在と命の価値」と等しく平等だ、という意識です。好きな人も嫌いな人も自分も その価値は同じということ。相手も自分もおろそかにせず敬い愛するという意識が土台となって、そこから始まる愛情や奉仕の行動が 私の思う博愛、かな。

自分の心や自分の生活をおざなりにして、周囲に愛や奉仕の意識を向けるのは、博愛とは言えなくなってしまうのかもしれない。 

 

上に引用した『コーラル色の言語を学ぶ』にありますが、

 

自分の個体性を放棄して、全体の平和というもう一つのものに参加するからです。

 

というのは、ただ自分の個体性をやみくもに放棄することを言っているわけではないと思うんです。自分を満たしたからこその放棄。すでに満たされた心にとって余りあるものや、常に自分から湧き出して潤っているものだから、難なく与えることができるんです。与える用意はできているか?・・だから、まずは「自分」なんです。

今 私の人生に博愛の学びが現れたのは、何てことはない、自分の心がとても満たされているからだと思います。満たされた時は、分かつことができるようになった時です。時がきたら自然とその学び・使命は始まるんですね…。

 

そうやって始まった人生のテーマの学びです…が! 今の自分は果たしてどうかと聞かれると、自分を二の次にして奉仕をしているではないか!Σ(゚д゚lll)ガーン  なかなか珊瑚礁のようなわけにはいきませんね 笑

ずっと思っていたんです・・、手放さなきゃいけないと。「自分を犠牲にしたからこそ その愛は尊いのだ」と 心の奥深くで育ってしまった価値観が、あるのです…。親譲りの価値観が・・ (>_<)

「自分を犠牲にしたからこそ その愛は尊い」というのは完全にエゴです。

 

エゴを持たずに膨らみ広がる能力が研ぎ澄まされると、個体性の「放棄」と、「相互信頼」を喜んで受け入れることが可能になります。

 

なるほどね~・・喜んで受け入れられるのかぁ… 

最近のヒドイ疲れは、楽に、喜んで「渡せる人」になるために 必要なことだったんだなぁ。

 

今回アンシェントメモリーオイルが手元にやってきて、面白いことを感じました。 疲れたハートを補うかのように、不思議なことに どこからともなくオイルのパウダリーなやわらかな香りが心にスーッと入り込むんです。 そして、自分を最優先に大切にしよう!と気づいたその時から、その香りが匂わなくなりました。いえ、匂ってはいると思うのですが、その香りがまったく気にならなくなりました。

疲れていたハートにはパワーを、そしてハートからは新しい愛が溢れ出します。この香りに触れる度に 癒され幸福感で満ちていきます。笑顔になる(*^^*)

疲れていた私は、このオイルにとっても救われていたと思います。

 

今回私がお世話になったのは Bask さん。

ブログを見てもインスタをみても、どの画像もとても可愛いくてキラキラです。アンシェントメモリーオイルの奥深さを知り、とても良い経験をさせてもらいました。ありがとうございました。

ancient memory oil blending*Bask • Baskのblogをオープンしました。  

 

月寒神社を参拝して 日本の平和を思いました

 終戦記念日の今日は、日本の過去に思いを向けることとなった月寒神社に参拝した話をUPしようと思います。少し長文になります。興味があればお付き合いください。

札幌市豊平区にある『月寒神社』へは、地下鉄・東豊線美園駅月寒中央駅が最寄り駅です。月寒公園の一角にあります。


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初めての参拝は今年のまだ寒い頃、友人と車で向かう道中、止んでいた雨が 再び明るい空にパラパラと降りだしました。車が神社に着くとパラパラ雨はピタリと止み、拝殿で手を合わせる私達に日の光が差し込みました。御神気に触れたようでとても感動しました。 

 御祭神は市杵島姫命倉稲魂命大山祇命宇摩志麻遅命(うましまぢのみこと)

 

 

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参道の先には左手に社務所、右手に手水舎。こちらの手水舎は 私が参拝した2回とも水が出なくて カラカラでした。

 1度目も2度目も、参拝した私は何かがしっくりときませんでした。言葉にするならそれは「チグハグな感じ」で、家に帰っても時折「あの感覚はなんだろうな?」と思い出していました。


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感じたチグハグは何だろうという思いから、月寒神社の神社庁サイトを調べてみました。神社の鳥居前の由緒書きでもわからず、神社庁サイトでも数字の羅列ばかりでいまいち理解ができません。

そこで福住厳島神社神社庁サイトを拝見しました。月寒神社と福住厳島神社は元は1つの神社だった歴史があります。 以下 福住厳島神社サイドの表記を軸に書きます。

明治17年、広島県からの移住者が多いことから、故郷の厳島神社と農耕の神の二柱を奉斎し、この地に祀られた 

当時は札幌郡豊平町字西山通に鎮座し西山神社と称されていたが、明治36年、軍の要請により月寒地区に御神霊は奉遷され 月寒神社となった 

 

軍の要請で御神霊が移された経緯があったのですね。  ウィキペディアによると月寒神社がある月寒公園は、かつて 『大日本帝国陸軍第7師団歩兵第25連体の小演習場跡地』でした。 

第7師団、歴史に疎い私も聞いたことがあります。月寒神社の創立 明治33年(1900)の4年後・明治37年に、あの有名な203高地で戦った部隊のことですね。この地から激戦の地へと向かわれた兵隊さんもいらっしゃったのでしょうか?今まで何も知らずにこの街に住んでいたことに軽くショックを受けました。 

この公園の一角には忠魂納骨塔があり、日露戦争から太平洋戦争までの戦没者の遺骨など約4千柱が収納されているそうです。

  

ご先祖様が護ってくださったから今の私達があります。そうして過去の上に継続して私達は今を生きています。

戦争の歴史の一端を持つ月寒公園も、今は人々が集う穏やかな場所として 過去から未来へと継続させつつ時間が流れています。そうして時が流れていることが大切、とも思います。月寒神社もその史実を遠慮せずに後世へと伝えていって欲しいと思うのです。時を切り取らず 私達に過去を振り返り、立ち止まり考える機会を与える場所として 在り続けてほしいです。(私が知らないだけで境内に史実が掲示されているかもしれません。その時は申し訳ありません。前もって失礼をお詫びいたします)

 敬うべき場所があることは豊かなことです。 私はこの街に住む者として、今回知ることができてとても幸せに思いました。

 

 

私は御祭神の宇摩志麻遅命様に初めて参拝いたしました。ニギハヤヒノ命の子ども神で物部の始祖 宇摩志麻遅命様。島根の物部神社によると、宇摩志麻遅命は鎮魂祈祷を初めて斎行したとあります。以下物部神社サイトから引用します。

鎮魂というと一般的に霊を弔うための言葉と解釈されていますが、本来はその逆で活力を与える・復活を促す・甦る・悪影響をもたらすものを払拭するなど総ての好転的な意味を持つものです。また神道行事の根幹を為す"祓いの本義"であるとおもわれます。

元来存在するもの総てに生命が存在すると考えられています。存在そのものが生命といって過言ではないでしょう。そのものが存在し続ける上で最も必要なものが魂魄です。この魂魄を振り動かし、結びつけ、鎮め置く、そのものの存在を本来の姿に立ち戻らせる祈祷法こそ、「鎮魂」本来のあり方なのです。その狭義の一部分に霊を弔うことも含まれてはいるが大儀はあくまでも存在を存在たらしめることであり、より大きな存在へ導くものです。

 月寒神社には鎮魂の神様がいらっしゃることを知り、ホッといたしました。この地から戦地へ行った魂が慰められ明るい未来へと御霊が導かれていると思えるのは、子孫として何より安堵いたします。宇摩志麻遅命様の御働きは、月寒神社にとって とても大きな役割を果たされているように思いました。  

 

一度目は市杵島姫命様・倉稲魂命様の御神気に触れたと感じました。二度目は前と何かが違っていました。二柱の女神様の御神気が感じられなかった私は、神様がいないのかしら?なんて思いました。 今思えば 、普段は宇摩志麻遅命様がメインとなり御護りしているのかもしれません。月寒神社は護国神社ではないですが、場所柄、そのような役割も果たしているのかもしれませんね。(全て私の想像です。視えるわけではないので話半分でお聞き流し頂けると有難いです)

 

多くのことを学ばせて頂いた月寒神社と福住厳島神社様、ありがとうございました。 改めてお礼の参拝に伺います。

日本の平和の礎を築いたご先祖様の御魂に心から感謝いたします。

読んで下さった皆様、ありがとうございました。

 

あれもこれもそれも大切

台風5号の影響はいかがでしょうか。。暴風の中の真っ暗闇の避難とか、あったのであれば怖かったですよね。被害が最小でありますようにと祈っています・・

 

最近 自分のミスで人さまに迷惑をかけてしまい、反省しました。ガッツリ凹みました。

私の覚悟が決まらず心がフラフラしていると、私ではなく周囲が迷惑を被ることもあるのだと知って、ガーンと頭を打たれた気分でした。

 
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これではいけないと内観をしました。自分の内深くに小石をポーンと投げ入れて共鳴するものを感じていく作業・・

『私はこれが大切なんだな・・ 今はこうしたいんだ・・  だからあれは保留なの?・・・(違和感…)』 と、とことん自分との対話。  

するとまたしても、やらないことを何かのせいにしている自分に気がつきました。

 

これまでの人生 そうやってやらなかったことを後悔してきた私。また繰り返す?やだよー!

そんな自分と決別するため、今までしたことがない事をしてみました。神頼みならぬ不動明王様頼み。不動明王様のところへ行き、「煮え切らない自分の心をスパッと切ってください」とお願いしてみました。たまには神頼みしても許してくれるよね・・?

 護摩焚きの後は何故か体がヘロヘロで非常に重くてダルく、近くの駅から迷わず電車に乗りました。その後に行ったスーパーで買い物をすると、合計金額が1,111円で思わず感嘆の声が出てしまいました(*^^*)

これでいいよー☆のサインは自宅に着いても続き、最近落ち着いていたゾロ目が またまた復活。その時以来 1や2や4のゾロ目を頻繁に見ます。

極めつけは、電卓でお金の計算をして出た金額が、148.148148148148…円で、思わず笑ってしまった (^^)   148のエンジェルナンバーは

あなたが行動に移そうとしている新しい考えを、天使が強くサポートしています。これらの新しい行動はあなたが楽天的でい続け、神聖な導きにつながっているかぎり、経済的にも成功します。

ときた。でもね、後で気づいたんだけど、この計算よく見ると打ち間違ってるの! ×と÷を打ち間違っている。 え~っ 笑   これって、148のエンジェルナンバーを見せるために完全に間違わされたよね? (^w^)

 

スロースターターなんです、私 比較的。思い腰を上げるのに時間とエネルギーが必要。ホロスコープで見ると、私の主要な星が牡牛座に多いせいもあると思うのです。急ぐとあっちこっちぶつけて歩いて余計に手間取るし、信号が点滅してもまず走らない人です 笑  でも同時に双子座にも星が多いので、同時進行、できるはずなのだ 笑

今まで牡牛座ばかりを使って生きてきたから、これからは双子座を使って あれもこれもそれも大切に生きてみようかな、なんて心に浮かびます。

同時進行かぁ、なんか すでに目が回りそうだ・・( ;∀;)

 

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こうして自分の心の炙り出しが起きたのには 星の影響があったのかもしれない。ふむふむ…

8日になった真夜中は、水瓶座の満月で月食でしたね。札幌ではとても綺麗に見えました☆ ピークの時間にタイマーをかけて起きて、写真を撮ってみました。 

今年のライオンズゲートが開くピークの日でもある8日に向かって、満ちみちていた宇宙のエネルギーが半端ではなかったみたい。 不動明王様のお力を借りつつですが、宇宙のエネルギーの恩恵にも与り、心がまた一歩軽くなった気がします。