いつも真ん中で いよう

wake up call で目覚めたら 開いた目で何を見ようか

寒くなりましたね。

先週 恵庭の滝を見に行ってきました。山は紅葉も始まりとても綺麗でした。

恵庭に渓谷があるのを私は知らなかったんですが、けっこう見に来ている方も多かったです。有名なんですね。

ラルマナイ川という川沿いにある滝です。駐車場もありました。

 

 

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白扇の滝

 

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ラルマナイの滝

 

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三段の滝

 

 

最近はヨーグルティアで甘酒や塩麹・醤油麹を作って楽しんでいます。

お米と麹とお水で出来ている甘酒は、ワンコの栄養補給にもなり使い勝手が良いです。あの味はワンコも好きみたい (*^^*)

毎日甘酒を飲んで麹を食べるようになって 私はお腹の調子がとても良く、体温も上がっているような気がします。特に食後はポカポカしています。ホットフラッシュのような急激な体温上昇ではないので、麹かな?と思っています。

日本人の体と麹、とても相性が良いのだと思います☆

 

今年も徳永英明さんのコンサート、行ってきました♪♪

迫力ある歌声で 完全復活だな☆と嬉しかった~♡ ギター片手に歌う一幕もあり、「なかなか見れない光景だね」と友人とワイワイ(*^^*) 楽しかったです。

 

芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、睡眠の秋 笑 私の中ではすっかり秋が進行中だ~☆

 

栗ひろい


先日ワンコと公園に行った時、栗をひろいました(*^^*) 秋ですね~♡

 

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小さいけど ぷっくりとした栗

 

公園の栗の木の下は すでにひろわれた後で殻だらけです。毎年秋になると楽しみに公園に行くんですが、拾えたことが一度もなかったのです 笑

でも今年は 熟して落ちたばかりのイガイガの栗から 新鮮な三つの栗の実を収穫できました。嬉しいなぁ☆

どうやって食べようかな♡ そのまま茹でてスプーンで食べる?それとも栗ご飯? スーパーに栗が売っていたら足して 栗ご飯にしよう! そう決めてスーパーへ。

 

売っていました~♡ しかも茹でた栗の試食会までしています (≧▽≦) よし、甘かったら買おう!とルンルンで試食を待ちました。

 試食待ちのお客は私とおばさまの2人。試食スタッフのおばちゃん、栗を半分に切って剥きやすくして、そのうちの一つを最初に待っていたおばさまに手渡しました。

残りの半分は私だよね うふ ( *´艸`) 待っていたらなんと、 試食スタッフ自ら 残りの半分をお口にポイっ! 食べてしまった ("゚д゚) ・・これにはビックらこいた 笑

試食スタッフが自分で食べちゃうって初めて見たんですけど。軽く衝撃 笑  

スタッフのおばちゃん、一緒に試食している(一緒に試食って 笑)お客さんと朗らかに談笑しています。なのに、その女性客の隣に立っている私の方にはまったく視線を向けません・・。

えーっと、スタッフさん、私が見えていますかね?‥もしや意地悪されてるの?私 笑 

いやいや、 やっぱり視界に入っていない様子だね、不思議な事もあるもんね~。透明人間になった気分 ☆ いや、確実に消えてたよね、私w 

 

何とも不思議な出来事に唖然呆然、一人ツッコみの大笑いでした(心の中でね)。 何かもう栗とかどうでも良くなった、ごちそうさまです (^^;) 

スタッフとお客さんの談笑はその後しばらく続き、美味しそうな栗の試食に沢山のお客さんが集まってきたので、試食にありつけなかった私は 首を傾げながら ぷぷぷw と笑いつつ撤収…笑  

 

家に帰って、うるかしてあった三つの栗を茹でてみました ♡ わーい

 

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自然の甘味でとっても美味しかったです (≧◇≦) 秋の恵みに感謝です。

 

ワカヒメ物語

神道上座部仏教、興味というか それぞれの学びの流れのようなものが、これまでの5年間、交互に訪れている気がします。

神様のお話を知ることが楽しくなってきたかと思うと 本地垂迹と降りてきたことがあります。「仏教神道もどちらも大切なんだなぁ」との理解で、その流れに身を任せます。お釈迦様の言葉を読みながら、一体私はどこへ流れ着くのだろう?なんて思ったりします。

 

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久しぶりに訪れた洞爺湖

 

そんな今は何度目かの神道の流れ。初めてホツマツタエというものに出会いました。ホツマツタエに特別な興味がない私は、度々睡魔に襲われつつ 本を読みはじめました。

その本は、宮崎貞行、SUMIKO!、アマノコトネ 著『隠れた言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!』といって、アマゾンで別の本を購入した際 気になって買ったものの、本棚に入ったままになっていた本でした。

 

隠された言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!

隠された言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!

 

 

ある日 掃除をしている脳内に、「おして」「おして」と言葉がありました。何を押すんだ?と思いつつ、スマホで『おして』と調べました。

並んだ言葉の中で『ヲシテ』という言葉に、「神代文字」や「ホツマツタエ」という言葉が並んでいたので、この本のことを思いだしました。

今 あの本を読むんだな と読みかけの上座部仏教の本を中断し、この本の流れを受け入れました。まさかまさかのこのタイミング。この日のために一年以上も前にこの本を買ってあったんですね。面白い~ 笑

 

この本は3部に分かれていて、1部は著書に携わったお三方が、ワカヒメさまやアワウタ、言霊に関してのこれまでの取材の話などを 対談されています。  2部はアマノコトネさんの読み取り能力からの考察。第3部はこの読み取りと数々の取材、ホツマツタエから考察し、SUMIKO!さんが紡いだ ワカヒメ物語となっています。 

あまり解説の示されていない本なので、知らない神道の言葉はパソコンで調べながらの読書になりました。 また、ワカヒメさまから降ろされた数々の和歌は、和歌をたしなむ習慣のない私には、ちょっと難しく思いました。 おそらく再度読み直すことになると思うので、おいおいわかれば良いなと思います (*^^*)

 

私はワカヒメさまという女神様の存在を知りませんでしたし、このワカヒメ物語は記紀の神話とは全く違うストーリーとなっていました。 しかし、この物語を読んでみてもそこには驚きがある代わりに、 胸にしっくりと馴染む心地よさがありました。すんなりと受け入れられる物語でした。

 

ワカヒメ物語は”生きた”物語でした。あちらこちらから息吹きを感じ 情景が見えてきます。手に取るように草花を感じ、月光の青白い光の中を進む小舟がたてる波を感じ、虫や鳥の鳴き声、川や海の水の音までも感じることができます。それはとても瑞々しく、登場される神々の 自然な思考や 切ない思いが、とてもリアルに胸に響きます。

アマノコトネさんの見えない世界からの誠実な読み取りなしには この瑞々しさはあり得ないでしょうし、SUMIKO!さんの丁寧な表現の積み重ねなしには このリアル感もあり得なかっただろうと思います。

 そんな物語の情景がどんどんと胸に流れてくるので、涙が止まりませんでした。心が震えて何の涙なのか見当もつかない涙が、ただただ流れました。 

 

 言霊には、様々を整え、天と地 異なるものを合わせる作用が秘められているということを伝えています。  今は神上がりされた 遥か遠い昔に人としてあられた方々によって この国の乱れは整えられ、今があるのです。今を生きている私達にその大役は引き継がれ 、また引き継ぐ時がやってくるという自覚が、今こそ大切なんでしょう。  

だから何なのか、どうしたら良いのか皆目見当もつきませんが、私の中の日本人のDNAのスイッチが押されたのは確かな気がします。沢山の日本人の目覚めのために、ワカヒメさまの『超』復活!がなされたことは確かであろうと、この本を読んで思いました。

 

まだまだ触れただけのホツマです。今私がこのホツマツタエに触れる意味は何だろうか?と 心に置いて、興味のまま しばらく流されてみようと思います。何を理解し、何を自分の心に響かせるのか、楽しみです。

愛しさ

   
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太陽フレアの発生の後 石狩浜では赤いオーロラが観測されたとか。オーロラは海外のものとばかり思っていました。見てみたかったな。

電磁波の影響かわかりませんが、翌朝、まだ日の出前の北の空が ピンク色に染まっていて、 とても綺麗でした。そういえば ここ数日の私は 眠くて仕方がなかったなぁ。

 

 

先日 買い物から帰ると、家の中があちこちワンコのう〇ちまみれでした!初めてのことに それはもうただただ唖然、ビックリです。

でも この状況を一瞬で理解できてしまった 笑

 

おそらくうちのおばあちゃんワンコ、う〇ちがおしりからスッキリと落ちきらなくて、「いやいやッ 落ちて~.。 う〇ち ついてこないで~ (>_<) 」 とトイレの中をグルグル歩きまわった結果、下に落ちてるう◯ちを踏んで歩いたようです 。

なんてこった…と しばし固まった私でした (;・∀・)

 でも う〇ちがどーとかワンコにとってはどうでもいいことなんですよね。自分自身がとても臭いだろうにね、それでも とっても幸せそうに グッスリ スヤスヤと眠っていました (*^^*) その寝顔がとてもとても愛しいです。

 

「そうか…う◯ちにまみれても キミが幸せで良かったよ。そんなキミと今日も過ごせて それだけでママは幸せだよ」とじんわりと胸が温かくなりました。

 

ワンコは随分と耳も遠くなり 私が帰宅しても 玄関まで迎えに来なくなったので、そーっと部屋に入ると ジーっと寝顔に熱視線を向けていました 笑  それに気づいて目覚めたワンコは しっぽフリフリ「おかえりー♪ 待ってたぁ❤」と今にも飛びつきそう 笑

 「まてまてぇーー!歩くな ( ̄□||||!! それ以上は歩いちゃいかんよ!」と臭いワンコを抱き上げて、そのまま洗面所でタオルも外せるカーペットもワンコも、ジャバジャバ洗いまくりました 笑  ホント ひと騒動でした。

 

それにしても 生きているって色々起こりますね。汚れを洗い落としながら 亡くなった祖母のことを思い出しました。

今回の出来事と同じようなことが 生前の祖母に起きたことがありました。

母から聞いた当時の私の想像をはるかに越えていただろうと 今ならわかります。 驚きと戸惑いとため息、絶望と見えない未来…。 痛いほど その苦労がわかります。

父も母も大変な時を過ごしていたのに、娘は何もできませんでした。いつだってそうでした、子供達の見えない所で沢山の苦労をしてきた両親です。

ワンコはいつも 色んな気持ちを教えてくれます。

 

執着が消えていく

最近 ブログを書けずにいます。ブログだけではなく、いつものように「こんなことあった!」と自分の体験のシェアをすることも、しにくくなっています。

内側に変化が起こるたびに、その変化への執着が消えてしまうのです。起きて気づいたら消えていく…

 

言葉にする時はその出来事を まずしっかり捉えなければいけませんね。「このことを書こう」という的を絞るのは、執着なしにはできないんだな…と改めて知りました。

 

その執着が消えていくので、出来事自体を掴み続けられません。だからブログを書くことも語ることも、なくなっていきます。

まぁ そうなのだから仕方がないことです。

 
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満月から1日のお月様。まだまだ満ちていますね。美しい…

 

大切な人が、自分を閉じ込めていた大きな呪縛から、抜け出す勇気を持ちました。この学びはきっとこれで終わりだろうと思います。

その呪縛は幼少期の辛い出来事から派生した大きな塊のようなものでした。

この呪縛からの解放は カルマの刈り取りにも大きな影響を与えるはずです。全てが終われば、これからはその人本来の優しさと明るさで生きていけるのだと思います。そのことを共に喜びあいました。

 

6日の満月は魚座の満月でした。12星座の終わりの星座、それは スタートのための終い仕度だなと思います。そして癒しの光だったと思います。

素晴らしい経験に おめでとうと心から思います。

 

心を育てる   練習する 

札幌は涼しくなりました。もうずっと涼しいです。夏は終わりかな…。  気づけば冷凍庫のアイスも氷系からクリーム系へと好みが変わっていました 笑

 

 『超訳 ブッダの言葉』を読みました。

 

仏陀の教えにすごく興味があっても 経典を読んで理解するとなると なかなか難しいもの。この本は現代の感覚に寄せながら仏陀の言葉を教えてくれていると思います。とてもわかりやすくてスーッと心に入ってきます。

 

「怒らない」「比べない」「求めない」「業を変える」「友を選ぶ」「幸せを知る」「自分を知る」「体を見つめる」「自由になる」「慈悲を習う」「悟る」「死と向き合う」 

以上 この本の内容は12のカテゴリーに分けられ、160の仏陀の教えの超訳が書かれています。

 

その時の心の状態や 置かれている「今」のテーマによって ピンとくるカテゴリーが変わってきます。去年と半年前と今とでは自分の心が反応する「教え」が変わるので、「今 こんな学びの最中なんだな」と 現時点での自分の心のステージを客観的に確認できて、面白いなと思います。

今回は「今」の私にとても響いた一つを抜粋し、ご紹介いたします。 

 

 

 『慈悲を習う ~あらゆる生き物に対する慈悲の心を練習すること~』

 

 

他人をだまさないように。

いついかなるときも、相手が誰であれ、他人を軽んじることのないように。

怒りの思考に心をのっとられ、互いに相手の苦しみを求めないように。

あたかも母が自分の子を「よしよし」と、優しく抱きかかえ受け止めるかのごとく、

あらゆる生き物に対して、どこまでも広がる慈悲の心を育てられるよう、

練習するように。

 

『練習するように』という最後の仏陀の言葉に救われました。 仏陀もそうやって練習し、慈悲を広げることに向き合ったお一人だったのかもしれません。

 

前回の記事『アンシェントメモリーオイルに導かれた博愛』で触れていますが、私の現世のテーマを占星術でみると博愛だったことを最近思い出しました。そして、図らずとも「自分も人も平等」という博愛の実践の中に私は今在ることに、改めて気づかされたのでした。

テーマに掲げて生まれてきたということは、そもそも苦手なテーマなわけでして…。自分の中にその意識があったとしても 隠れてわかりにくくなっているんですね。そんな意識をまず受け入れ認識することから始めるということに 少しだけ気後れしました。

最初から慈悲や博愛の意識が標準装備されている人もいれば、自覚がない感覚の取り扱いに苦慮する人もいます。 私は、所詮「私は未完成なのだ」と 今思えば少し早合点して ショボくれていたかもしれません。

 

 仏陀も、仏陀を目指し修行に生きた人達もみんな、練習し 自分を育て上げて達してきたのなら、 なんだか少し気が楽になります。真理の探究という今も昔も変わらない道があるのだとしたら、歩きかたも今と昔、そんなに変わってはいないのかもしれません。  

標準装備の人達ばかりではないし、何より仏陀も練習を推奨している。私もこれでいいのだ と気持ちが楽になります。 練習し 心を育てればいい。誰も特別じゃない。

このままの自分を満たして あとは溢れ落ちるだけです。

もう気負いはいらない。

 

アンシェントメモリーオイルに導かれた博愛

最近はスタミナ不足だなー、すぐ電池が切れてしまう。。寝ても寝てもエネルギーが足りていないので、最近は夢も見ていない。きっと今は寝ることが最優先なんでしょう。

 寝ている顔が老け込んでるよ~と主人に言われたんですが ( ゚Д゚) マジですか?それは終わっているでしょうよ 笑   

 

先日 初めてアンシェントメモリーオイルのセッションを受けました。もう2年ほど前から友人に誘われていたのですが、その時は必要に感じなくて「今はいらないよ」とお断りしていたセッションだったのです。でも今回のお誘いには「願い事はないけど、行ってみようかな」とスッと受け入れてる自分がいました。きっと今がご縁だったんですね。何度も誘ってくれた友人に感謝です。

沢山並んだボトルを見ていると、「気になるボトルはありますか?」と言われ、 ヒーリングハートという淡い桜色が綺麗なボトルを選びました♡ 

…ヒーリングハートって。疲れてスタミナが切れていたのは心だったとは 笑 わかりやすいな 自分。

 

今の私をたくさんお話して出来上がったのは、パウダリーな香りのコーラル色のミニボトルでした。自宅でもいつでもそばにいれるようにスマホのイヤホンジャックにしました。太陽のチャームは、裏は三日月と星です。カワユイ♡


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コーラルの色の意味が気になり調べてみました。私がシックリきたのがこちらのオーラソーマのHPです。引用させて頂きます。ありがとうございます。 

コーラル 色の言語を学ぶ<オーラソーマ総合情報サイト>

 

生きているサンゴは、自然の法則によって大洋や海の中で成長し繁茂することできますが、それは自分の個体性を放棄して、全体の平和というもう一つのものに参加するからです。この意味で、「コーラル」は共同体あるいは地球規模の博愛意識を代表しています。サンゴは地表近くで成長し、それゆえ太陽(運動エネルギー)――源泉、光――に到達しようとしています。まさに珊瑚礁のように、エゴを持たずに膨らみ広がる能力が研ぎ澄まされると、個体性の「放棄」と、「相互信頼」を喜んで受け入れることが可能になります。これが、光に到達するということです。

何千年もの間、多くの文化の神秘家や聖者たちは、自分の「仏身」あるいは「霊体」の覚醒に向けた探求を支援するために、コーラル(サンゴ色)/サフラン(濃黄色)のローブを身にまといました。それによる自己の超越、「一体性」との統合がありました。

 

 

これを読んでハッとしました。気づいたのだけど…今 私は博愛意識を学んでいるのだと思う。その流れの中に私、確かにいます…。

 

少し話が脱線しますが、占星術のお話を少し。

占星術にはドラゴンヘッドという感受点があります。ヘッドとテイルは星ではなくて、月の軌道と太陽の軌道の交点を計算で導き出したポイントです。ヘッドの180度反対側にあるのがテイル。ヘッドが「現世の使命」とも言われていて「現世での学びのテーマ」を示しているのに対し、テイルは「 過去世で経験してきた生き方」を示します。

慣れ親しんだ生き方だけに、今生でもテイルのような生き方の傾向に進みがちなんです。その方が楽だから。でもそれでは意味がないのです、生まれてきた意味が。 知らない世界だけど勇気を出して ヘッドの生き方に飛び込んだ方が、現世での学びに早く取りかかれます。ヘッドのテーマにチャレンジする流れが 人生のタイミングでちゃんとやってくるようになっているはずなのです。

私のドラゴンヘッド水瓶座で、それは「博愛」とか「自分も人も平等」の価値観を学ぶのだよ と示しています。

ほらほら~…人生の学びのタイミングがやってきていますよ、今 (≧▽≦) 

意識していなかったけど、人はちゃんと「使命」を生きるようになっているんですね~。大それた「なりたい自分」を掲げなくても、人生の中にすでに沢山の使命の種は撒かれていて 育ち芽吹いているんです。その芽に気づいた時 逃げずに向き合うことが、「使命を生きる」ということなんです。

 

話は戻ります。 

博愛って概念がとても難しい…。私にとって現世の学びなだけのことはあって、これまでの自分の中にはない価値観 笑 基本、自分が一番可愛い私です (^^;) だからいつも心の中で問いかけているテーマなのです。

 

じゃあ博愛って何だろう?ここからは私の解釈です。

「自分以外の人や生き物の存在とその命の価値」は 「自分の存在と命の価値」と等しく平等だ、という意識です。好きな人も嫌いな人も自分も その価値は同じということ。相手も自分もおろそかにせず敬い愛するという意識が土台となって、そこから始まる愛情や奉仕の行動が 私の思う博愛、かな。

自分の心や自分の生活をおざなりにして、周囲に愛や奉仕の意識を向けるのは、博愛とは言えなくなってしまうのかもしれない。 

 

上に引用した『コーラル色の言語を学ぶ』にありますが、

 

自分の個体性を放棄して、全体の平和というもう一つのものに参加するからです。

 

というのは、ただ自分の個体性をやみくもに放棄することを言っているわけではないと思うんです。自分を満たしたからこその放棄。すでに満たされた心にとって余りあるものや、常に自分から湧き出して潤っているものだから、難なく与えることができるんです。与える用意はできているか?・・だから、まずは「自分」なんです。

今 私の人生に博愛の学びが現れたのは、何てことはない、自分の心がとても満たされているからだと思います。満たされた時は、分かつことができるようになった時です。時がきたら自然とその学び・使命は始まるんですね…。

 

そうやって始まった人生のテーマの学びです…が! 今の自分は果たしてどうかと聞かれると、自分を二の次にして奉仕をしているではないか!Σ(゚д゚lll)ガーン  なかなか珊瑚礁のようなわけにはいきませんね 笑

ずっと思っていたんです・・、手放さなきゃいけないと。「自分を犠牲にしたからこそ その愛は尊いのだ」と 心の奥深くで育ってしまった価値観が、あるのです…。親譲りの価値観が・・ (>_<)

「自分を犠牲にしたからこそ その愛は尊い」というのは完全にエゴです。

 

エゴを持たずに膨らみ広がる能力が研ぎ澄まされると、個体性の「放棄」と、「相互信頼」を喜んで受け入れることが可能になります。

 

なるほどね~・・喜んで受け入れられるのかぁ… 

最近のヒドイ疲れは、楽に、喜んで「渡せる人」になるために 必要なことだったんだなぁ。

 

今回アンシェントメモリーオイルが手元にやってきて、面白いことを感じました。 疲れたハートを補うかのように、不思議なことに どこからともなくオイルのパウダリーなやわらかな香りが心にスーッと入り込むんです。 そして、自分を最優先に大切にしよう!と気づいたその時から、その香りが匂わなくなりました。いえ、匂ってはいると思うのですが、その香りがまったく気にならなくなりました。

疲れていたハートにはパワーを、そしてハートからは新しい愛が溢れ出します。この香りに触れる度に 癒され幸福感で満ちていきます。笑顔になる(*^^*)

疲れていた私は、このオイルにとっても救われていたと思います。

 

今回私がお世話になったのは Bask さん。

ブログを見てもインスタをみても、どの画像もとても可愛いくてキラキラです。アンシェントメモリーオイルの奥深さを知り、とても良い経験をさせてもらいました。ありがとうございました。

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